わかば鍼灸院研究所

わかば鍼灸院の研究ブログ

自己治療の記録(2015)

1月31

年末年始にかけてここ最近なかったひどいカゼをひいてしまいました。

毎年だいたいカゼは1~2回ひくことがあります。いつも早めに治療をすればそれほど日数もかからず治癒していました。

しかし今回ひいたカゼには手こずりました。

恥ずかしながらきちんと診察せず誤治をしたり、正しい治療をして鍼の効果に今更ながら感謝したりとたいへん勉強になりました。

反省のためにもそのときの自己治療の記録を残すことにします。

治療は、本治法はてい鍼で井穴刺絡は三稜鍼でしています。

 


 

12月30日

年末最後の仕事の日。この日は身体がだるく、肩背部に冷えを感じ調子が悪かった。12月28日から月経が始まり、そのせいもあるのかなと思っていた。夕食後、気分の悪さを感じた。

 

12月31日

午前中は動けていたが午後から頭痛、筋肉痛、咳、鼻水(どろっとしたあおばな)、のどの痛み、食欲不振、食べ物の味がわからない、軟便、肛門が痛い。しかし腹痛や吐き気はない。

熱は測っていないのでわからないが、以前38度の熱を出したときと比べると筋肉痛やだるさが少なかったため、そこまでの熱はなかったと思われる。

ここで熱を計っておくべきだったと反省。

この日と翌日の元旦が最も体調がつらく、症状を何とか治めようとして治療をしたのですが、どのような治療をしたのかしっかりと覚えていません。

のどの痛みがつらく、筋肉痛があるので陽明経に熱があるだろうと判断し胃経と大腸経の井穴刺絡をした。もう少しのどの痛みが取るために肺経の井穴刺絡もした。これでのどの痛みは軽減した。本治法は肺経に触れると実していたので肺虚陽実証と判断して、肺経に営気の手法を施した。使用経穴は覚えていない。

裏証である胃腸症状があるのに肺虚陽実証で治療してしまったのは誤治でした。しっかりと診察しなかったのは反省すべき点です。もちろん状態は改善しませんでした。

 

1月1日

のどのひどい痛みは治まったが頭痛、筋肉痛、咳、鼻水、食欲不振、味がわからないなどの症状は変化無し。午後から寝ていた。

治療は肺虚肝実証で治療。

なぜこの証で治療したのか覚えていないのですが、月経中に風邪が入ったためにいつものカゼのように治らずこじれているのだと考えたのではと思います。そのため下焦を動かそうとして肺虚肝実証で治療したのだと思います。このときはせっかくのおせちが甘い辛いの大まかな味はわかっても細かな風味がわからず、おいしく食べられなかったのが残念です。

 

1月2日

味の感覚が少し戻ってきた。身体のだるさが減り動けるようになった。

この日は動けるようになり昼食にピザを作る約束をしていたので、作り食べました。まだ胃腸が回復し切れていなかったので、食べた後、気分が悪くなりました。

 

1月5日

仕事が始まる。だるさや咳、おなかの不調はやや残っていた。

 

1月7日

のどの痛みはないがムズムズし咳が続き、経絡を確認すると肺経が実していたため肺経を営気で治療した。

 

1月8日

症状悪化、鼻水と咳こみがひどく、身体のだるさがひどくなる。前日の治療は誤治だったと反省し、肺虚肝実証と判断し、復溜穴を営気で補った。

 

1月9日

だるさは軽減し身体の芯がシャンとした感じ。しかし肌肉の熱が取れず筋肉痛のような感じは残っていた。前日と同様に肺虚肝実証で治療。

 

1月10日

筋肉痛は取れず、特に腰以下のだるさが強い。帯脈と下肢胆経が実してはっきりとラインがわかった。

ここでやっと月経中に風寒の邪気に傷られたため、胆経の経気が停滞し、それが脾を弱らしたのではと考えが至り、脾虚肝実証と判断し、太白を衛気で補い、右胆経の懸鍾穴を営気で施術した。

 

1月11日

筋肉痛やだるさがずいぶん軽減した。身体がかなりすっきりした。前日同様に脾虚肝実証で治療した。

 

1月12日

筋肉痛やだるさがなくなった。のどのムズムズ感、咳、鼻水はあったが、気分良く出かけることができた。

この日以降は体力的には問題なく動けていましたが、のどのムズムズ感と咳こみがなかなか取れず苦労しました。

 

1月13日

のどのムズムズ感が取れず大腸経が実していたので、局所経絡の停滞が取れていないと考え右大腸経の商陽を刺絡、のどのムズムズ感が減りやや楽になった。本治法は肺虚肝実証で治療したが、それほど楽にならなかった。

以前、長く経過したカゼには肺虚肝実証が有効であったことや、のどの痛みがなかなか取れないときに肺虚肝実証が有効であったことから本治法を肺虚肝実証と決めました。

 

1月14日

さらにのどのムズムズ感を取るため左商陽を刺絡。その夜から食欲が低下し、おかしいと感じた。

 

1月15日

朝、目が覚めると気分が悪く、寒気がする。脈は底につくような沈脈と数脈。

すぐには鍼を持てなかったため呼吸法で身体を温め気持ちを落ち着かせた。

落ち着いてから診察すると脾経の虚があり、右関上がとても沈み弱々しく打っている。

脾虚陽虚証と判断し、太白を補い少し休むと身体がさらに温まり寒気がなくなり、気分が落ち着いたので起きて朝食を作り、食欲も出て来ていたので食べた。

昼頃からまた少ししんどくなってきたので、もう一度よく診察した。腹診で肺の見所に熱感と潤いのなさが感じられた。脾の見所は冷えてねっとり感覚があり、陽気が不足し津液が停滞していることがわかった。

治療のためまず肺経を営気で軽擦すると肺の熱は取れるが潤わない。脾経を衛気で軽擦すると脾は温まり、肺の熱が取れてくるため脾経の太白を朝の治療に続き衛気で補う。肺の潤いが少ないためほかを試すと心包経を補うと肺に潤いが出るため大陵を補う。直後から鼻水の量が減った。

 

1月17日

15日の治療以来、のどのムズムズ感と咳こみはあったが、鼻水の量がずいぶん減った。この日も同様に脾虚陽虚証と判断し太白と大陵で治療。

 

1月19日

まだのどのムズムズ感と咳こみはあった。定例会で脈が沈数であれば剛柔治療で陽経が使えると教えてもらった。脈を診ると沈数で脾が虚していたので、剛柔が使えると考え、胆経を治療することに決めた。胆経を確認すると虚していたため懸鍾穴を衛気で補うと、のどのムズムズ感が減り、咳こみも少なくなった。

 

1月20日

この日からのどのムズムズ感と咳こみがずいぶん軽減し、楽になった。この日も胆経を衛気で補い治療した。翌日からはのどのムズムズ感がなくなり咳こみもなくなった。

 


 

治癒までに20日以上かかったのは、途中何度も誤治をしたことによるものです。誤治をした原因は自分の身体をしっかりと診察していなかったことが一番の原因です。それに加えて過去の治療経験から深く考えることなく治療してしまったことも原因にあります。

体調が悪くつらいときは、感覚も鈍り、考えがまとまらないことが多いです。しかしそういう状態でもできる限りの診察をして治療しなければいけないという教訓になりました。

誤治をするとたいへんつらい思いをしますが、なぜと考えることによって成功したとき以上に記憶に残り良い学びとなります。誤治から回復させる治療がうまくいくとすぐに効果が現れ、鍼の効果をより強く体験でき、鍼に対する信頼ができます。

ですので、恐れずに自己治療をしたいただきたいと思います。

最後に自己治療を勧めていますが、自己責任で行ってください。治らない場合は、適切な医療機関にかかってください。

長い文章におつきあいいただきありがとうございます。この文章が自己治療する際の参考になればと思います。

 

 

見方を変える

4月13

同じものを見ていても、見方を変えると今まで気がつかなかった新しいことが分かるようになることがあります。

今回は脈の見方で体験しました。

脈診の指の操作法は変えずに自分の内部イメージを変えてみました。

今までは脈を輪切りにしたような断面で見ていました。

今回、ある本の記述から、脈を上から見る感覚で見てみると、弦脈は緊張して跳ねる感じや石脈は硬い脈といった、脈状が脈診書に書かれている表現のように明瞭に感じられました。

この感覚が新鮮に感じました。

治療や他の診察でも固定観念に縛られて、見えていない情報がまだあると思います。

見方を変えてみる、時々してみるといいかもしれません。

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すべての生命に共通する気

2月15

命門の火、三焦の原気」で書いた気は、人の気についてですが、この気は人だけでなく、人以外の動物や植物にもあります。

おもしろいのは植物で、太陽の光と連動しているようです。とても明るく感じる部分が枝先から根元、根元から枝先と季節に応じて移動します。まだはっきりとは確認していないのですが、冬至あたりまでは根に近いところにありますが、冬至を過ぎてしばらくすると幹を上って枝先の方へ移動していきます。たぶんこれから推測すると夏至を過ぎると逆に、枝先から根元の方へ移動するのではないかと思っています。

この現象をみると木も生きているのだなと感じます。

上の記事で書いたのは体内の気ですが、体の周りにも光を感じます。これをオーラと呼んでいるのだと思いますが、私には色は分かりません。ただ音や動きの感触で健康状態を判断するのに役立てています。これは東洋医学で言う衛気のことだと考えています。

体力がある人は明るくある程度の幅があります。体力がない人は幅が狭く感じます。まだこれも観察中ですが脈の太さと強さに関係があるようです。これは植物も同じでしっかり明るいと生育が旺盛です。

人だけでなく、動物や植物にもある命あるものに通じる気、これを感知し正しく流れるように治療していくのが本当の治療だと思っています。

正しく治療すると光が患者さんの全身を包み、さわやかな風が吹く感じがします。この状態はとても美しいです。感じていて楽しくなります。

これからの世は、この生命に共通する気を感知するのが当たり前になってくると思います。生命の気が循環する世の中になるといいですね。

私もまだまだ分からないことが多いです。同じく感じる方々とともに知識を分かち合えたらと思います。

 

 

 

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てい鍼の手法-気を抜く手法-

1月11

本の中では、てい鍼の手法は衛気の手法、営気の手法と転換手法を載せてありますが、てい鍼でも毫鍼のように様々な手法で補瀉が行えます。

本の中での瀉法は、営気の手法で陰気を補って実を瀉すという方法ですが、ここで紹介する方法は直接、気を抜いてしまいます。

手法の仕方は、てい鍼を通常の持ち方とは逆に持ち、竜頭の部分を皮膚に接触させます。

気は太い側から細い側へと流れる性質があるので、接触しているだけで気は抜けますが、速やかに効果を出したいときは捻転の補瀉を使います。

捻転の補瀉は、時計回りに回せば気が入る補で、反時計回りに回せば気が抜ける瀉になります。

ですから竜頭を皮膚に接触させて反時計回りに回転させるとすぐに気が抜けます。

この手法は、浅いところの熱を取るのに有効です。

私は口内炎の治療の時によく用いています。

治療法は、口内炎ができている部分の外の皮膚に熱感が感じられます。この熱感部を探し手法を行います。手法は熱感がとれるまで行います。熱が抜けると口内炎の痛みがかなり軽減し、治りも早くなります。

舌にできている場合は、直接できないので、地倉穴や熱感の反応が出ているツボに同様に手法を行います。

この治療以外にも皮膚表面の熱が停滞している部分には有効ですのでお試しください。

 

命門の火、三焦の原気

12月28

命門の火とは、腎間の動気ともいわれ、陽気の大元のようなものです。

命門については、難経では右腎であると言っていますが、歴史的には両腎の間にあるや両方の腎を指すなど、今でも場所は定まっていません。

私は少し意識して人を見ると、体の中央に明るい光があるように感じます。この光は暖かく気持ちの良い感じです。

これは実際にその人をみるだけでなく、テレビなどの映像や写真を通しても分かります。

この明るい光は生存している人のみに感じるもので、お亡くなりになった人には感じずに光のあった場所が空虚な感じがし、その人の存在感というのを感じなくなります。

感覚的には、生存している人は立体的に感じ、お亡くなりなった人は平面的に感じます。

わたしはこの光が命門の火ではないかと思っています。

難経八難には「いわゆる生気の原は、十二経の根本を謂うなり。腎間の動気を謂うなり。これ五臓六腑の本、十二経脈の根、呼吸の門、三焦の原、一名守邪の神なり。故に気は人の根本なり。」とあります。

すなわち腎間の動気は生命活動をしていく大元のエネルギーだと言っています。

生存している人には感じられ、お亡くなりなった人には感じられないということと一致しているように思います。

このエネルギーは、体の中央に強く感じますが、体全体に存在していて、健康なところは光が満ちて明るく感じ、病んでいるところは暗く感じます。

この全体に満ちている光が三焦の原気といわれるものではないかと思っています。

 

織りなす糸

12月13

長大な東洋医学の歴史の中で自分の存在は、細い糸のようなものだと思う。

それぞれが細い糸で、東洋医学の歴史を織り上げていくのだと思う。

どんな織物ができるのか。

東洋医学の精神が失われないように役割を果たしていこうと思う。

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邪気

12月10

治療をしていると患者さんの体から様々な邪気が出てくるのを感じることがある。

黒い煙のようなものだったり、ネバネバした色の汚いものなど、治療をして気が巡ると体外に出てくる。

湿邪が関わっているものは、ネバネバして黄土色っぽい、動きが遅い、これがあるとなかなか気が巡らない。

寒邪が関わっていると青い冷気、ちょうどクーラーの風のように感じる。動きを見ているとおもしろい、入ってきたところから出て行くようで、足底から出たり、肩の辺りから出たりする。胃腸が冷えていると腹から出る。

熱邪が関わっていると赤く感じる。痛みがひどいと静電気のようにビリビリ感じたり、稲妻のように電気が放出される感じがある。

黒い煙のようなものは、気が停滞しているところからでる。ほこりっぽい感じがする。また黒くても粘性があり重い感じのものは悪血と関わりがあるように感じる。

 

てい鍼の長短による違い

8月24

以前の記事で、てい鍼の材質や太さによる違いは書きました。

今回は長短による違いを書いていきます。

太さが同じで長さが異なるてい鍼を二組使って調べると、長いと気が届く距離が長く、短いと短くなるようです。

てい鍼は刺すことはできませんが、使う鍉鍼の長さによって深くまで影響を及ぼすことができるということが言えそうです。

ただし気をつけなければいけないのは、深くしようと思っていなくても深く刺さってしまうということです。

具体的には、衛気を補いたいのに少しでも傾いていると深く刺さってしまって、営気まで影響を及ぼし瀉法になってしまうということが言えます。

人によって気の強さは異なりますから、気が届く距離というのは変わると思いますが、もし今使っている鍼でどうしても衛気の手法がうまくいかない場合は、鍼の長さを短くしてみるのも良いかもしれません。

 

音と波動の質

8月22

自然の流れに沿っているものは、乱れのないきれいな音を奏で、自然の流れに沿っていないものはブーンやガガガ・・・という機械音のような音が混じるように感じています。

人だけでなく、インターネット上のブログやホームページからもさまざまな波動の質を感じます。

できるだけ美しい音を奏でる情報を選択していくのが望ましいです。

微細な波動は微細ゆえに感じにくく、粗大な波動は肉体に感じやすいです。

感じるからといって、それをすぐに信用してはいけません。

質をよく吟味してから取り入れる必要があります。

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自然が手本

8月18

すべての答えは、自然の中にあると思っています。

人体の治療においても、良い治療とは自然界の正常な循環法則に従うのがよいと思っています。

実際、治療をしていると人体と地球は共通していると感じることが多くあります。

例えば気の流れ、衛気は身体の表面を風のように流れ、営気は水のように流れるのを感じます。

黄帝内経にも経脈を中国の河川に例えたり、くぼんだところを渓谷に例えたり、人体と自然界の陰陽の気の循環など、人体と自然との類似点や対応が記載されています。

前記事で、愁訴部の気が動けば症状は軽減されると書きました。

全体の正常な循環の中で、苦痛がある部も改善されているのがいい状態だと思っています。

時には救急的に、全体を考えずに処置をすることもあると思いますが、基本は全体の流れを崩さずに治療すべきです。

自然の中で良い気があるところは心地よく感じます。

人体も同様。

良い流れがあれば心地よく、また美しく感じます。

 

 

 

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